あなたは、三世を信じますか。
過去世、現世、来世。仏教では三世を説きます。
現世。 今、生きている世界
過去世。 この世に生まれてくる前の世界
来世。 この世を旅立った後の世界
現世に生きる人間は、人それぞれ違う人生を送り、同じ境遇で一生を終える人は誰一人いないことは、経験則から理解していると思います。
顔立ちや性格が異なることは言うに及ばず、裕福な家庭に生まれる者がある一方で、日々の食事もままならない生活困窮家庭に生まれる者もいるなど、それこそ人生さまざまです。
「心地観経」というお経には、「過去の因を知りたいと思うならば、現在の果を見よ。未来の果を知りたいと思うならば、現在の因を見よ。」と説かれているように、一人として同じ人生がないのは、過去に積んできた因がみんな異なるからです。つまり、過去の因により現在の果が決まって、この世で生きているということです。「因と果」、つまり原因があって結果がある。これは道理です。
このように、仏教ではこの世の生きとし生けるもの全ての生命は、現世で終わりではなく、次のステージ、つまり来世があると説いているのです。
しかし、この世に生きるいかなる人も、過去世や来世を見たことがありません。過去世の記憶もありあせん。また、見たこともない未知の世界に旅立つことは、言いようのない不安な気持ちになるでしょう。だからこそ、宗教が存在する意義があるのではないでしょうか。
皆さんが信じると信じざるとにかかわらず、三世は存在するのです。
このような説明をすると、「現代の科学で証明されていないことは非科学的であり、信じられない」という方が必ずいらっしゃいます。
しかし、よく考えてみてください。21世紀の現在においても科学で解明できていない事柄は数えきれないほどあります。私たちの体ひとつとっても解明できていないことだらけです。ましてや私たちが住んでいる地球のことや果ては宇宙のことなど、現代の科学で説明できないことだらけです。
また、身近な例でいうと、ガリレオが地動説を発表した時代、太陽が地球の周りを回っているという天動説が定説で、みんな信じて疑いませんでした。なぜなら、地球が太陽の周りを回っているという説を科学で証明できなかったからです。しかし、年月を経て地球が太陽の周りを回っているという地動説が科学的に証明されると、天動説から地動説へと定説は変わりました。このように、これまで当たり前だと信じて疑わなかったことが、実は真実でなかったという事例は山ほどあります。我々凡夫のちっぽけな能力では考えも及ばない大自然の中に置かれた人間で解明できることなど、本当に限られていると悟らなくてはいけません。
事実、三世の存在については、すでに真剣に研究され始めています。
アメリカの権威ある精神医学者のスティーブンソンは、「過去の記憶を持つ子供たち」という著書を著しています。三世があるのではないかという現象は数えきれないほどあり、その現象が科学的に検証され始めているということです。
宗教は、その未知の世界に旅立つために、現世で何をすべきかを教えてくれる人生の「道しるべ」なのです。しかし、宗教なら何でも良いというわけではありません。宗教には、正邪があるのです。国家の転覆を図ったり、多額の金品を要求したり、到底自分の人生の「道しるべ」とすることのできない団体も多くあります。
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